おまえはもう書かれている

先人の知恵は偉大なり。

安全保障関連法案決定

私は議論をして、勝ったためしが無い。必ず負けるのである。相手の確信の強さ、自己肯定のすさまじさに圧倒せられるのである。そうして私は沈黙する。しかし、だんだん考えてみると、相手の身勝手に気がつき、ただこっちばかりが悪いのではないのが確信せられて来るのだが、いちど言い負けたくせに、またしつこく戦闘開始するのも陰惨だし、それに私には言い争いは殴り合いと同じくらいにいつまでも不快な憎しみとして残るので、怒りにふるえながらも笑い、沈黙し、それから、いろいろさまざま考え、ついヤケ酒という事になるのである。
太宰治「桜桃」)

 

今日外国の知識人がおどろいてこのごろの日本の状態を理解しがたく感じるほどの知的麻痺がひき起された。社会生活の現実で、「知らしむべからず・よらしむべきもの」としてあつかわれた人民そのものの無権利状態に、すべての人々がつきおとされたのであった。が、主観的な教養に育ってきたおびただしい理性は、各人のその屈辱的立場を自分にとって納得させやすくするために、暴力に屈して屈しない知性の高貴性や、内在的自我の評価或はシニシズムにすがって、現実の市民的態度では、いちように「大人気ない抵抗」を放棄した。
宮本百合子「世紀の『分別』」)

 

兵卒は、誰れの手先に使われているか、何故こんな馬鹿馬鹿しいことをしなければならないか、そんなことは、思い出す余裕なしに遮二無二に、相手を突き殺したり殺されたりするのだ。彼等は殺気立ち、無鉄砲になり、無い力まで出して、自分達に勝味が出来ると、相手をやっつけてしまわねばおかない。犬喧嘩のようなものだ。人間は面白がって見物しているのに、犬は懸命の力を出して闘う。持主は自分の犬が勝つと喜び、負けると悲観する。でも、負けたって犬がやられるだけで、自分に怪我はない。利害関係のない者は、面白がって見物している。犬こそいい面の皮だ。
(黒島傳治「戦争について」)

 

戦争の危機を前にして政治の独裁は強化されるばかりである。かような政治の独裁が制御されねばならぬ、政治の独裁に対する批判的な力が強化されなければならない。言い換えれば、人間の論理、ヒューマニズムの論理が政治に対する批判的な力とし強化されて現われることが大切である。人間存在の政治的性格のみが力説されて来たのに対してその超政治的性格が力説されねばならぬ。一つの政治を他の政治によって批判するのみでは政治の論理の独裁はやまない。政治の論理に対する人間の論理の批判がなくなる場合、政治は狂気になるであろう。
三木清「政治の論理と人間の論理」)

 

もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞があつて、急を要する場合においては、その行為を制止することができる。
(「警察官職務執行法」)

 

第二次世界大戦では、世界のあらゆる国々が大きい犠牲を払った。地球はこの戦争によって血みどろにされた。然し全人類的なこの闘争は、これまでの歴史にあったすべての戦争と全く種類を異にしている。人間のあらゆる智慧をふりしぼって、破壊の為の武器が作られその効果が験された。けれどもこの戦争の人類の歴史に対してもっている最大の意義は野蛮な独善的な権力意慾に対して、人民の人間的理性の窮極の勝利が闘いとられたということである。世界の民主主義が、近代の仮面をかぶった封建性を打破ったということは、人類史の上での特筆大書されなければならない画期的事件である。人類の文化史はここで旧時代の一巻を終った。私達は、おさえることの出来ない歓喜と期待とをもって、明日の世界へと私達の新しい頁を切ろうとしている。
宮本百合子「新世界の富」)