おまえはもう書かれている

先人の知恵は偉大なり。

雨の日が楽しくなる方法

木の上ではまた、雨蛙と蝸牛とが雨を楽んでゐます。雨蛙は聞えた独唱家ですが、蝸牛はまた風がはりな沈黙家です。一人は葉から葉へと飛び移りますが、一人は枝から枝へと滑り往きます。雨蛙は芸人のやうに着のみ着のままでどこへでも出かけますが、蝸牛は霊場めぐりの巡礼のやうに、自分の荷物は一切合財ひつくるめて、背にしよつて出かけます。二人はたまに広い、青々した芭蕉の葉の上で出逢ふことがありますが、互に目礼のまま言葉一つ交さないでさつさと往き過ぎてしまひます。彼等はどちらも腹一杯雨を楽み、雨を味ひ、また雨に戯れるに余念がないのです。ぐづぐづしてゐると、雨がいつ霽れ上るかもわからないのを知つてゐますから。
(薄田淳介「若葉の雨」)

 

雨を好むこゝろは確に無為むゐを愛するこゝろである。為事の上に心の上に、何か企てのある時は多く雨を忌んで晴を喜ぶ。

すべての企てに疲れたやうな心にはまつたく雨がなつかしい。一つ/\降つて来るのを仰いでゐると、いつか心はおだやかに凪いでゆく。怠けてゐるにも安心して怠けてゐられるのをおもふ。

雨はよく季節を教へる。だから季節のかはり目ごろの雨が心にとまる。梅のころ、若葉のころ、または冬のはじめの時雨など。

梅の花のつぼみの綻ほころびそむるころ、消え残りの雪のうへに降る強降のあたゝかい雨がある。桜の花の散りすぎたころの草木の上に、庭石のうへに、またはわが家の屋根、うち渡す屋並の屋根に、列を乱さず降り入つてゐる雨の明るさはまことに好ましいものである。しやあ/\と降るもよく、ひつそりと草木の葉末に露を宿して降るもよい。
若山牧水「なまけ者と雨」)

 

近世の詩人に取つては、悲愁苦悩は屡何物にも換へがたい一種の快感を齎す事がある。白分は梅雨の時節に於て他の時節に見られない特別の恍惚を見出す。それは絶望した心が美しい物の代りに恐しく醜いものを要求し、自分から自分の感情に復讐を企てやうとする時で、晴れた日には行く事のない場末の貧しい町や露路裏や遊廓なぞに却て散歩の足を向ける。そして雨に濡れた汚い人家の灯火ともしびを眺めると、何処かに酒呑の亭主に撲られて泣く女房の声や、継母まゝはゝに苛さいなまれる孤児みなしごの悲鳴でも聞えはせぬかと一心に耳を聳てる。或夜非常に晩おそく、自分は重たい唐傘からかさを肩にして真暗な山の手の横町を帰つて来た時、捨てられた犬の子の哀れに鼻を鳴して人の後うしろに尾ついて来るのを見たが他分其の犬であらう。自分は家いへへ這入つて寝床に就てからも夜中よるぢゆう遠くの方で鳴いては止み、止んでは又鳴く小犬の声をば、これも夜中絶えては続く雨滴あまだれの音の中に聞いた……
永井荷風「花より雨に」)

 

昔の獅子舞歌に

大寺の香の煙はほそくとも、空にのぼりてあまぐもとなる、あまぐもとなる。

と歌われたが、今し、庭の芝生の緑を濡らし、霧島の紅きを濡らして降りつづく雨も、その源は大伽藍の内で、細く静かに揺れていた香の煙であったかと思うと、いよいよ雨が好きになる。
辰野隆「雨の日」)

 

梅雨の雨のしとしとと降る日には、私は好きな本を読むのすら勿体ない程の心の落ちつきを感じます。かういふ日には、何か秀れたものが書けさうな気もしますが、それを書くのすら勿体なく、出来ることなら何もしないで、静に自分の心の深みにおりて行つて、そこに独を遊ばせ、独を楽しんでゐたいと思ひます。

香を焚くのは、どんな場合にもいいものですが、とりわけ梅雨の雨のなかに香を聞くほど心の落ちつくものはありません。私は自分一人の好みから、この頃は白檀を使ひますが、青葉に雨の鳴る音を聞きながら、じつと目をとぢて、部屋一ぱいに漂ふ忍びやかなその香を聞いてゐると、魂は肉体を離れて、見も知らぬ法苑林の小路にさまよひ、雨は心にふりそそいで、潤ひと柔かみとが自然に浸み透つて来ます。この潤ひと柔かみとは、『自然』と『我』との融合抱和になくてはならない最勝の媒介者であります。私の魂が宇宙の大きな霊と神交感応するのもこの時。草木鳥虫の小さな精と忍びやかに語るのもこの時。今は見るよしもない墓のあなたの故人を呼びさまして、往時をささやき交はすのもこの時です。
薄田泣菫「雨の日に香を燻く」)